職場の「できない人」を基準にする意義
全国雇用共創センターの設立に携わり、副理事長兼専務理事という立場で働きながら、障がい者雇用について改めて真剣に考える機会を得ました。ただ、障がい者雇用という問題を一度離れ、「仕事ができない部下」についての相談をよく受けるという話から、私自身の体験を交えて考えを深めてみます。
「わからない人」の気持ちを理解する難しさ
人はなぜ「仕事ができない」とされるのでしょうか。それは実は単純なことで、「知識がない」「仕事内容がわからない」「何をどうしたら良いかわからない」からにすぎません。しかし、多くの上司や先輩は、一度説明したことを部下が理解できている前提で話を進めます。「あの引き出しにあるから取ってこい。前に教えただろ?」この言葉は新人にとって地獄の指示です。「あの引き出し」と言われても、どこにあるか、中に何がどれだけ入っているか、覚えていないものなのです。それなのに、見つからないと言えば「探し方が悪い」と責められてしまう。新人の多くがこうした状況に萎縮し、質問しづらくなってしまいます。
かつて私自身も「わからない人の気持ちがわからない」人間でした。努力して勉強する自分に比べ、理解できない人をつい責めてしまうのです。これでは責められる方はたまったものではありません。
経営者ならば、自分が理解できない仕事を避け、外注化することで回避することも可能です。しかし、社員は逃げることができず、わからないままストレスを抱えてしまいます。
大手飲食チェーンのバイト体験で気づいた「視覚的指示」の重要性
そんな私が経営者になった後、経歴を隠して大手飲食チェーンでバイトをした経験があります。結果、わずか2時間でギブアップしましたが、そこには貴重な気づきがありました。それは「言葉に頼らない指示方法」の重要性です。厨房には写真付きのマニュアルがたくさん貼られており、言葉が理解できなくても、目で見てすぐ仕事を覚えられる環境が整っていました。
慣れない環境で緊張すると、言葉だけの説明は頭に入らず、質問すらできなくなるものです。しかし写真があれば、「これと同じようにやってください」と言われるだけで動けるのです。この体験を通じて、「言葉だけで理解させようとするのは間違いだ」と強く感じました。
小学校の教室に学ぶ「わからない人基準」の環境作り
さらに、もう一つ印象的な体験がありました。ある時訪れた小学校の教室は、「一番わからない子」を基準に設計されていました。掃除用具や引き出しの中身が一目でわかるようになっていたり、日直の進行台本が壁に書いてあったりと、誰もが迷わず行動できる仕組みが徹底されていました。
一方、多くの職場はその真逆で、「仕事がわかる人」を基準にしていることがほとんどです。だから新入社員は質問しづらく、萎縮してしまいます。これでは職場環境は良くなりません。
親子や夫婦でも似たようなことが起こります。子育てに普段関わっていない夫が「おむつを取ってきて」と頼まれた時、どこにあるかが分からず、間違ったサイズを持ってきて叱られることがあります。私自身もこの経験があります。つまり、「できない人」の気持ちは、できる人にはなかなか理解できないのです。
「あうんの呼吸」からの脱却
日本人は「あうんの呼吸」を大事にします。日本人は多くが、小学校、中学校、高校、大学と共通の経験を持ち、地域ごとの微妙な差はあってもほぼ同じような生活様式で成長してきました。そのため抽象的な表現でも話が通じるという良い面があります。
しかし、現代はインターネットや携帯が当たり前になり、さらにコロナ禍の影響で学校生活や部活動など、以前とは異なる環境で育った子どもたちが増えています。その結果、抽象的な会話が通じにくくなってきています。だからこそ今がチャンスです。「あうんの呼吸」に頼らず、明確な提示、明確な指示を行い、わからない人や弱者に配慮した環境を作ることが求められます。これこそが障がい者雇用担当者の役割ではないでしょうか。
多様な人材を雇うことで職場は進化する
ここで、障がい者雇用や外国人雇用の意義が明らかになります。障がいのある方や外国人の方に配慮して職場を整えることで、誰にとってもわかりやすく、働きやすい環境が生まれます。例えば、「TOILET」という英語表記や、物品棚にアイコンで内容物を示すなどの工夫を取り入れれば、全社員の作業効率が改善します。
法定雇用率である2.5%を基準に考えると、100人のうち3人の障がい者に配慮した環境整備が、残りの97人にも利益をもたらすのです。
職場環境改善の真の目的とは?
いまの日本の雇用環境は、終身雇用制度の崩壊や非正規雇用の増加、さらにはスキマバイトや副業人材の活用など、大きな変化を迎えています。その中で、「今日入った人が即日戦力になる」職場環境を作ることが重要です。
実際に、入社1〜3年目の社員の70%以上が「仕事の理解に自信がない」「質問しづらい」と感じているというデータがあります。こうした問題を解決するには、職場のあらゆるところで「わからない人」を基準にした仕組みを作り、「見える化」することが不可欠です。
「できない人」に合わせる職場が「共創社会」を生む
これからの企業に求められるのは、「わからない人」に合わせる職場づくりです。障がい者や外国人、シングルマザー、元受刑者といった多様な人材が入社初日から活躍できる環境が整えば、会社全体が活性化します。
このような職場を共に作ることが、私たちが目指す「共創社会」の実現につながります。あなたの会社でも障がい者雇用をきっかけに、多様な人材が活躍できる職場環境を作ってみませんか?きっと新たな気づきと、働きやすく活気ある職場への変革が待っています。
全国雇用共創センター 専務理事/代表理事
岩間哲士
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